雨音が聞こえる。

日記と雑記。

暖かくて、フワッとすること。

 人生の指針的なことについて書いてみる回。

パスを出す

 今の職場で、1年半ほど前にちょっとした(と言うかどうかは、人の判断によるけれど)トラブルがあり、人間関係について考えてた。

 それで、1年半かけて思いがけず至った答えが、「自分はパスを出すのが上手いかもしれない」だった。

 例えば人が3人とか4人いた時、全体として楽しくなりそうな方向にパスを出すのが、多分得意。1人で何かすごく面白い話をするのは出来ないし、どちらかと言うと書いてる方が得意だけど、何故かパスを出すのは上手い。

 思えば、昔からそういう気質があったなって。盛り上げるのが好きと言うか、盛り上がらせるのが好きで、盛り上がったらもう退出したい。自分自身が盛り上がっていたいのではなくて、その場が、自分の投げたものに反応して楽しくなったら満足、という感じ。

 それで、1対1ではきっと今後解決すること無さそうな問題でも、自分の持ってるパス出しスキルを意識的に使っていったら、間接的に少しずつ解決していくかもしれない、って思った。

 

変化を肯定する

 最近見てるYoutubeのチャンネルで、指導された結果前より悪くなってしまった場合にどうするか、という話があって。

 以前の状態に戻そうとしても、そのまま指導されたことを更に貫いてもどちらもダメで、第3の方向を新しく目指すべきだ、という話が合った。

 これは人間関係も同じだと思った。一度崩れてしまったのだとしたら、元に戻すのでもそのまま険悪にし続けるのでもなく、新たに違うお互いにとって良い関係を作っていくこと。

 あるいは自分自身についても。自分の能力とか考え方とか、全部変化していく。それを否定して、以前のようにしたいって思うんじゃなくて、第3の方向。新しい方向を目指していくのが良いなって。

 

暖かくて、フワッとすること

 これを、今人生の指針にしている。自分にとっての「正しいこと」って言うのは、暖かくてフワッとする感覚があるかどうか、で判断してる。

 もし、冷たくてざわっとする感覚があるなら、理屈で正しく思えても間違ってる。

 理屈って、後から幾らでも付けられるから、感情的な時に作った理屈と、冷静な時に作る理屈は全く逆方向だったりする。

 だから、感情的になってるって自覚してる時は、とにかく行動を控えた上で、自分の行動には暖かくてフワッとする感覚があるだろうか?と自問する。

 勿論、特殊な事態であれば例外も多々あるけれど、基本的な指針。

 

 そんな感じで、最近思ったことでした。